あるがまま… サッカー・Newsまとめ

                           

福田師王

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 (出典 SOCCER DIGEST)

「激アツすぎる」「日本の誇り」ボルシアMGが公開、8発デビューの福田師王&板倉滉の2ショットが反響!現地サポも期待「今すぐプレーさせよう」


「日本人コンビの活躍期待してます!」

 ついに公開された貴重な2ショットが反響を呼んでいる。

 ボルシアMGの公式インスタグラムは2月10日、所属する日本代表DF板倉滉とセカンドチームに加入した18歳のFW福田師王の2ショットを投稿した。
 今冬の高校選手権で得点王に輝き、神村学園をベスト4に導いた福田はJリーグを経由せずに、ドイツの名門と契約。今月5日にはU-19チームでデビューを果たし、ニーダーラインポカールの1回戦で8ゴールを挙げる衝撃のデビューを果たしている。
「18歳の彼は1月からファミリーの一員となり、これまでU-19でプレーしてきました。シオウ、はじめまして!」

 この一文とともに投稿された、期待のストライカーと25歳の主力DFががっちり握手をする2ショットにファンが反応。「日本人コンビの活躍期待してます!」「待ってましたー!」「激アツすぎる」「素敵な写真!同じピッチで見れるの楽しみにしています」「このツーショット最高です!」「日本の誇り」「アツい!」「カッコよすぎる」といったコメントが寄せられた。

また現地のサポーターからも「次の世代」「今すぐプレーさせよう」「私たちの明るい未来だ」といった声が上がっている。

 福田が板倉とともにプレーする姿をファンは待ち望んでいることだろう。

(出典:SOCCER DIGEST Web)      

(出典  @borussia)

2人が早く同じピッチで戦う姿が見たい!


(出典 www.football-zone.net)

ボルシアMG加入の18歳・福田師王、U-19で8ゴールの衝撃デビュー!独メディアも注目する活躍を指揮官も賞賛!「両足でフィニッシュする能力がある」


カップ戦の1回戦にフル出場

 今冬の第101回全国高校サッカー選手権で神村学園をベスト4に導き、板倉滉が所属するドイツ1部のボルシアMGでプロキャリアをスタートさせたFW福田師王が衝撃のデビューを飾った。

 クラブの公式ホームページや「シオウ・フクダがボルシアの初戦で8ゴール」と見出しを打ったドイツ紙『Rheinische Post』が伝えている。

 記事によれば、ボルシアMGのU-19チームは2月5日、地域のカップ戦であるニーダーラインポカールの1回戦で、PSVノイスと対戦。前半だけで9ゴールを奪うと、後半も得点を重ね、22-0の大勝を飾った。

 この試合に先発フル出場した福田は、前半で2点、後半に6点を奪い、なんとチーム最多の8ゴールを叩き出す大暴れを見せた。

 アレクサンダー・エンデ監督は、18歳の日本人FWについて次のように賞賛している。

「もちろん、ゴールはすべて若者にとって良いものだ。彼はたびたびストライカーとして適切なポジションにいて、右足と左足の両方でフィニッシュ能力があると示した」

 格下相手とはいえ、自慢の得点力を存分に見せつけた福田。ドイツの地でまずは好スタートを切った。

(出典:SOCCER DIGEST Web)      

U-19で格下相手とはいえ、デビュー戦でチーム最多の8ゴールはいいスタート!しっかり結果を残した事でいいアピールになっただろうし、チームからの信頼も上がる。そして、何より自分に自信が持った状態でプレーできるのでは。今後も活躍して、トップチームに上がって板倉滉と一緒にプレーする姿を早く観たい!


(出典 img.news.goo.ne.jp)

「お前ストライカーだろ!」18歳福田師王が燃えた“怒声”と“同い年のブンデスデビュー”…覚悟の高卒ドイツ直行「時代を変えたい」


 いよいよ高校ナンバーワンストライカーが海を渡る。

 先日閉幕した高校サッカー選手権での活躍が記憶に新しい、鹿児島・神村学園のFW福田師王だ。

 2023年1月から、ドイツ・ブンデスリーガの強豪クラブであるボルシアメンヘングラッドバッハ(以下、ボルシアMG)のセカンドチームに加入する。「4部リーグが主戦場」という見解が多いが、活躍次第ですぐにトップチームに昇格できるプロ契約だという。

 身長は178cmと決して大柄ではないが、質の高い動き出しと身体の強さ、そして空中でのボール処理能力に優れ、ピッチの最前線では抜群の推進力とシュートセンスを発揮する。その才能は多くのJ1クラブが高1時から獲得に乗り出すほど注目を集めてきた。

「バイエルンの練習会に行くか?」

「最初は海外なんて選択肢は存在しなかったんです」

 海外でのプレーを選択した経緯を訊くと、18歳の青年は素直にこう打ち明けてくれた。

 海を渡る意識が明確に芽生えたのは、高2でエースとして出場した昨年度の選手権を終えた後。ある日、神村学園サッカー部を率いる有村圭一郎監督に職員室に呼び出された。

「バイエルン・ミュンヘンの練習会に行くか?」

 突然の問いかけに福田は「え?」と戸惑った。

「冗談でしょ? 何かの間違いでしょ? と思っていたので、あまり先生の話が頭に入ってこなかったんです」

 それでも有村監督は困惑する福田をよそに話を続ける。淡々と超強豪クラブへの練習参加のオファーが届いたことを伝えたのだった。

 当時の福田は決して海外サッカーを熱心に観るタイプではなく、ヨーロッパサッカーの動向もハイライトで追う程度。ただ、最もプレーの参考にしていたレバンドフスキ(現バルセロナ)がエースとして君臨しているチームだ。海の向こうの遥か遠い存在が急に近づいてくるように感じた。「こんなチャンスは滅多にない」と、22年3月にドイツに旅立った。

 バイエルンでは、同世代の金の卵たちが技術を磨くU-18チームとU-19チームの両方に参加した。わずか1週間の参加だったが、福田はその時間を「地獄だった」と振り返る。

 実戦形式の練習では、得意の動き出しを何度も仕掛けるも一向にボールがこない。ボールを受けるためにポジションを落としてもパスが回ってくる気配すらない。言葉も通じない、知り合いも友達もいない環境で過ごすことは福田にとって苦しい時間だった。落ち込んでいる暇すらなく、あっという間に時間は過ぎ去っていく。結局、最後まで彼のもとに効果的なパスはこなかった。

 練習後、いつも込み上げてきたのは悔しさではなく、“怒り”だった。その矛先はパスを出さないライバルではなく、自分。

「自分がヘタクソだからパスがこない。何もできない自分に腹が立ちました」

 自分がヘタクソだから――そうやって自分にベクトルを向けられるのは福田の強みの1つだと言っていい。神村学園中等部時代から切磋琢磨してきたMF大迫塁(J1セレッソ大阪内定)のことは「神」と呼ぶほど信頼を置いてきたが、単にリスペクトするだけではなく「差を広げられたくない。自分が成長しないと一生塁には追いつけない」とシュート練習やゴールへのアプローチをひたすら磨いた6年間だった。だから、この“地獄”の経験もすぐに自分にベクトルを向けることができた。

「トレーニングのところからみんな勝負にめちゃくちゃこだわってやっていましたし、強引に仕掛けたり、強引にシュートまで持っていったり……。『結果を残して何が何でも上に行く』というリアルな気持ちが伝わってきました。それくらいやらないと置いていかれるなと」

 おそらく1週間もパスがこない経験なんてしたことがなかったに違いない。でも、「もっと成長して、バイエルンを倒したいと思いました」と、モチベーションを上げる燃料に変えてみせた。

リセットして臨んだボルシアMGの練習参加

 取り戻す機会はすぐに訪れる。そのままドイツに残り、今度はボルシアMGの練習に参加するチャンスを得た。

「もう一度自分の気持ちをリセットして、『絶対にやってやるんだ、見せつけてやる』という気持ちでしたね」

 U-19チームの一員として参加し、「『ヘイ!  ヘイ! 』と声を何度も出して、ジェスチャーも大きめにやった」と、初日から臆することなくボールを要求した。すると、限られたチャンスでゴールを決めた福田のもとにはどんどんパスが回ってきた。仲間たちと徐々にコミュニケーションが取れるようになり、ドイツらしい激しい球際でもより考えてプレーを選択できるようになった。

「後ろ向きでボールを持ったら、自分は身体が小さいのでファール気味にアタックされて潰されてしまう。体の向きやフリーの時にどうやってボールを受けるかをすごく考えました。自分次第で環境は変わる。まだまだ自分がヘタクソだということを嫌というほど思い知らされたからこそ、成長につながる場所だと思いました」

 “地獄”と“充実”の1週間をそれぞれ過ごした福田は、卒業後に海外でプレーすることを本格的に選択肢として捉えるようになっていく。

 ドイツでの練習参加が報じられてからは、「Jリーグを一度経験してから海外に行った方がいいのではないか」という声が福田の耳にも届き始めた。

 Jリーグか、海外か。

 悩んだ高校3年生は、ここでもう一度、ドイツに行くことを決断する。22年8月に評価が高かったボルシアMGに再び練習参加することになった。

「めちゃくちゃ削りにくるんです。こっちも熱くなって強く行くんですが、向こうもさらに強く来ましたし、めちゃくちゃ要求してくるんです」

 あいつは2度目だよなーーチームメイトからすれば、1度目と違って仲間になる選手だと認識された違いはあったかもしれない。でもそれはライバルになる可能性があることも意味していた。周囲の空気の変化を敏感に感じ取った福田は「もうお客様ではない」と感情を剥き出しにした激しいバトルに身を置いた。

「お前、ストライカーだろ!!」

 練習から張り詰めた緊張感の中で、忘れられないシーンがある。

 クロスに対して選手2人がニアサイドとファーサイドに飛び込んでシュートを決めるトレーニングをしている時のこと。福田はニアサイドに飛び込んだ。そこにライナー性のクロスが届くと、福田はスルーしてファーサイドの選手にシュート機会を託した。結果、飛び込んだ選手に合わなかった。「合わなかったか」と引き上げようとしたその瞬間、後ろから怒鳴り声が聞こえた。

「お前、ストライカーだろ! 何で触らないんだ!!」

 味方が福田に殴りかからんとするくらい怒りをぶつけてきた。甘さを痛感した瞬間だった。

「確かにコーチからも『ニアサイドに飛び込んだら絶対に触れ』と言われていたんです。その言葉を浴びせられて、燃えないわけがないじゃないですか」

 たった1つの出来事で福田の価値観はガラリと変わった。何が何でもゴールを決める。それがこの世界で生き残る術だ。ここでの経験は選手権で挙げた3つのゴールシーンにもつながっていた。相手を背負ってでもゴールに向かうドリブル、誰よりも速いこぼれ球への反応は、短期間で得た“収穫”が生んだゴールとも言える。

「たった5カ月で…」同じ18歳がデビュー

 さらに、海外移籍への気持ちが傾く出来事もあった。1回目の練習参加時にU-19チームで一緒にプレーをしていた同い年のイヴァンドロ・ボルジェス・サンチェス(ルクセンブルク代表)が、すでにトップチームのベンチ入りを果たし、ブンデスリーガのピッチに立っていたのだ。

「たった5カ月の間にチャンスを掴んでトップのベンチに座っている。その姿を見て、『これが世界か』と思ったんです」

 練習参加を終え、帰国してから正式にオファーをもらった。即答はできなかったが、コーチ陣から的確な課題を指摘されるなど、“自分を見てもらっている”手応えも感じることができた。

 帰国した福田はもう一度、冷静に自分が進むべき道に向き合った。ボルシアMGのレギュラーとして活躍する日本代表DF板倉滉からは、「早いうちに来たら見る世界が変わる。言葉も覚えるよ。俺も最初は全然話せなかったから、心配しなくていい」と背中を押された。昨年、尚志高からシュツットガルトに加入した1学年上のDFチェイス・アンリからも「やばいくらい楽しいし、やばいくらい強くなれるよ。お前も早く来いよ」と素直な意見をもらえた。

 答えを出すことは簡単ではなかったが、悩みに悩んだ末にボルシアMGをプロとしての最初のクラブに選んだ。

「やっぱりあの経験は忘れられないし、どうせ行くなら早いうちに行って世界基準に早くなれた方がいいと思いました。(いろいろな意見はあったが)それなら俺が一番海外で成功してやろうと思えましたし、時代を変えたいと思いました」

 高卒→海外の成功例が少ないなら、自分が新しいケースになればいい。ここなら絶対に成長できる。そう、自分を信じることができた。

「もうゴールを決めることしか考えていません。早い段階で結果を残してトップチームデビューすることが僕の目標。そこでまた結果を残せば日本代表にも入っていける。常日頃の練習や試合からゴールにこだわっていきたいです」

「W杯で絶対ピッチに立ちたい」

 これからは異国の地での生活が始まる。しかも、初めての1人暮らしだ。

「凄く楽しみです。サッカーだけでなく、言葉も料理も、どこまでできるのかなと。また赤ちゃんから始めるようなものですね(笑)」

 もちろん、楽しみなのは私生活だけではない。福田の目線の先にはブンデスリーガで躍動する自分と、ブルーのユニフォームを着てW杯の舞台に立つ自分もしっかりと描かれている。

「2026年W杯で絶対ピッチに立ちたい。カタールW杯ではFWがゴールを決めることでチームに勢いをもたらしていたと感じたので、そんな存在になりたいと思います。僕が成長してFWの仕事をみんなの前できっちりとしたい」

 通用すると思ったから進むのではなく、通用しないと思ったからこそ進む。壁にぶつかったり、格上を相手にした時の福田は強い。全てを自分への“怒り”に変えられる男――挑戦の物語はもう始まっている。


(「“ユース教授”のサッカージャーナル」安藤隆人 = 文)
(出典:Number Web)


(出典 www.nikkansports.com)

壁にぶつかっても、”自分自身への怒り”をエネルギーに変えて成長できる福田師王なら、高卒→海外挑戦の成功例を作るストライカーになれると期待!!


(出典 www.nishinippon.co.jp)

高校サッカーから欧州挑戦の成功例を作れるか?近未来の日本代表FW・福田師王の可能性 【新しい景色へ導く期待の選手/vol.1】


森保一監督の続投が決まり、名波浩前田遼一両コーチの加入も正式決定するなど、3月に発足する新たな日本代表の陣容が固まりつつある。選手の方は2022年カタール・ワールドカップ(W杯)に参戦した三笘薫(ブライトン)、堂安律(フライブルク)、板倉滉(ボルシアMG)ら東京五輪世代が今後のベースになると見られる。が、世界を見渡せば、クロアチア代表DFヨシュコ・クヴァルディオル(RBライプツィヒ)やイングランド代表MFジュード・ベリンガム(ドルトムント)などもっと若い世代も活躍している。日本も2001年生まれ以降のパリ五輪世代の台頭が必要不可欠と言っていいだろう。

そこで注目されるのが、第101回高校サッカー選手権大会でベスト4に進出した神村学園のエースFW福田師王だろう。ご存じの通り、彼は高校卒業とともに板倉が在籍するボルシア・メンヘングラードバッハ入りすることが決まっている。

「自分がこの先、欧州でどう生き残っていくか、ステップアップしていくかっていうことにフォーカスして、選手権で優勝できなかった悔しさをバネに頑張りたい。高校から欧州へ行った成功例がまだあまり出ていないので、自分がその第一人者になれるようにしっかり活躍していきたいと思います」と本人は大会を制覇した岡山学芸館に敗れた際、こうコメントしていた。

確かに福田が言うように、高校から欧州というのは成功例が少ない。先駆者と言えるのが、中京大中京からグルノーブル入りした伊藤翔(横浜FC)と同校からアーセナル入りした宮市亮(横浜F・マリノス)。伊藤の方はフランス2部からのスタートだったが、思うように出場機会をつかめず、3年半でリーグ戦に出たのは5試合のみ。世界の壁にぶつかった格好だ。

宮市の方はアーセナルから最初にレンタルされたフェイエノールトで一世を風靡し、大いに注目されたが、その後の相次ぐケガでブレイクを果たせず、日本代表定着も叶っていない状況だ。

その後、約10年の時を経て、2022年1月にはチェイス・アンリが尚志からシュツットガルトへ移籍。現在はセカンドチームに当たるU-21チームでトレーニングを積んでいる模様だ。本人はジュビロ磐田から同U-21入りした伊藤洋輝のように一気にトップチームに這い上がるイメージを描いていたようだが、高卒新人がすんなり階段を駆け上がれるほど、欧州5大リーグは甘くない。そういった例があるからこそ、福田の行く末を不安視する人も少なくないのである。

「ボルシアMGに練習参加した時、重要だなと感じたのはコミュニケーション能力と結果。本当にゴールを決めればボールが来るようになるんだなと感じたので、そこにこだわっていかないといけないと思います。同じクラブの板倉さんやシャルケの吉田麻也さんも『海外へ行ったら人間性が鍛えられる』と言っていましたし、『本当にこっちに来てみないと分からないことが沢山あるから来い』と言ってくれた。その言葉がすごく大きかったし、背中を押されました」と本人はあえて苦難に挑んでいく覚悟だ。

福田自身が名前を挙げていたように、近くに海外経験豊富な先輩たちがいるのは大きなアドバンテージだ。加えて言うと、近隣の町・デュッセルドルフは欧州随一の日本人街で、日本サッカー協会の欧州拠点もある。年代別代表に招集されている福田はメンタルやフィジカル面のケアを受けることができるはずだ。そういった環境面は伊藤や宮市が欧州挑戦に踏み出した頃に比べると格段によくなっている。そのアドバンテージを生かしつつ、彼はいち早く言葉を覚え、異国の文化習慣に適応し、自分自身の力を発揮できるように努力することが肝要だ。

福田という選手は身長こそ178㎝とそこまで高くないが、前線の厳しいところでボールを収めることができ、裏に抜け出すスピードも併せ持っている。自らドリブルで持ち込んで豪快なシュートを決める能力もある。これだけスケール感のある点取屋はパリ五輪世代を見渡してもそうそういない。あとはプロの実績さえ積み重ねられれば、大ブレイクも十分あり得るのではないか。

「今まで6年間一緒にやってきた大迫(塁=セレッソ大阪)とはまた代表で会いたいですね」とも語っていたが、お互いの特徴を熟知する盟友とのホットラインが数年後、再び結成されるようなら理想的。大迫もまたセレッソ大阪というハイレベルな選手のひしめく環境で競争に勝ち抜かなければならないが、福田もJリーグを選んだ彼に負けたくないという思いは強いはず。どちらが急激な成長曲線を描けるのか。それもまた興味深い点である。

いずれにしても、福田のような例が今後はどんどん増えそうな雰囲気もある。だからこそ、彼には何としても成功してもらわなければいけない。日本屈指の若きFWがトップリーグの舞台に立つ日が今から楽しみだ。

【文・元川悦子】
(出典:超WORLDサッカー!)                


(出典 www.nikkansports.com)

選手権では3得点で得点王になったものの不完全燃焼の感があった福田師王。Jリーグを経由しない欧州挑戦だが、ぜひドイツで活躍して成功例を作ることに期待したい!活躍することで福田本人の日本代表入りが近づくだけでなく、未来の日本サッカーを担う子どもだちが少しでも若いうちに海外挑戦しやすい環境になり、日本サッカー発展につなげるためにも。


(出典 number.ismcdn.jp)

大迫塁と福田師王…神村学園の“超高校級コンビ”が過ごした濃密な6年「また一緒にやりたければ代表に入ればいい」〈選手権Vならず〉


 高校最後の選手権は、ベスト4で幕を閉じた。

 今大会No.1のストライカーであり、卒業後はブンデスリーガの名門・ボルシアMGへの加入が決まっているFW福田師王。そして、精度の高い両足のキックと視野の広さで世代屈指のゲームメーカーであるJ1セレッソ大阪内定のMF大迫塁。2人は神村学園中等部時代から6年にわたって強烈なホットラインとして築き上げてきた。

 有村圭一郎監督が「(高校進学時は)多くのJクラブユースが2人を狙っていたから気が気じゃなかった」と振り返るほどの才能は高校サッカーでさらに磨きがかかり、Jクラブ、そして海外クラブの目利きたちの間で早くから争奪戦が繰り広げられた。

脅威となった福田と大迫の連係

 そんな最注目コンビは、選手権の舞台でも前評判通りの実力を遺憾なく発揮していく。

 初戦の山梨学院戦では、0-1で迎えた36分に大迫のインターセプトからのクロスを福田が中央で受けて反転。相手に引っ掛かったボールをMF笠置潤(3年)が押し込んで同点ゴールをもたらすと、直後の38分には大迫の縦パスを受けた福田が鋭い反転から一気にゴール前までドリブルで運び、左足の一撃で逆転ゴールを決めた。

 前回王者の青森山田と対戦した準々決勝でも、大迫の自陣からのロングフィードを福田が高い打点のヘッドでFW西丸道人(みんと/2年)に正確に落として同点弾を演出。60分には自陣で大迫が抜群のキープ力を発揮して青森山田の猛攻を掻い潜る縦パスを送り込むと、そこから神村学園のカウンターが発動。最後は西丸のシュートがDFに当たったこぼれに福田が反応して決勝弾を突き刺した。

 こうして迎えた準決勝、岡山学芸館戦。乱打戦となったこの試合でも、2人の存在感が光った。

 開始早々に先制を許した神村学園だったが、笠置のインターセプトのこぼれに反応した大迫がワンタッチでターンして、福田にクサビのパス。福田からダイレクトの落としを受けた1年生MF金城蓮央がペナルティーエリア外からシュートを放つと、GKが弾いた瞬間、誰よりも先に動き出した福田が反応し、こぼれ球を右アウトサイドで同点弾を流し込んだ。すると今度は、大迫の左足が魅せる。1-1の同点で迎えた59分、右FKを相手の壁にあたりながらも、直接ゴールに叩き込んで逆転に成功した。

 その直後、一瞬の隙をつかれて同点に追いつかれるも、69分には右CKから大迫の正確な左足のキックが中央のDF中江小次郎の頭にドンピシャリ。強烈ヘッドが突き刺さって3-2。決勝進出が見えてきたかと思われた束の間、またしても岡山学芸館のFW岡本温叶(はると/3年)にスーパーゴールを決められ再び同点に。シーソーゲームはPK戦までもつれこんだ。

 後攻・神村学園は1人目を務めた大迫が成功したものの、2人目の西丸がポストに当ててしまうと、続く3人目のキッカーを務めた福田が岡山学芸館GK平塚仁(2年)にセーブされて万事休す。

 2006年度大会以来のベスト4進出を果たした神村学園だったが、高校年代屈指のタレントを揃えながらも、サッカー部史上初の決勝進出という歴史を塗り替えることができなかった。

「塁がいなかったら僕はサッカーに対して本気になっていなかったかもしれない」

 昨年、大迫について福田に聞くとこう語った。今でこそ「高卒→ドイツ行き」という肩書きが目立ったことで注目を浴びる存在になった福田だが、中学途中までは大迫の影に隠れる存在だった。

 大迫は中2時にU-14エリートプログラムに選ばれ、中3でU-15日本代表、高1でU-16日本代表の主軸として活躍し、常に世代を牽引する選手だった。福田も中3の2月にU-17日本代表に追加招集されて初の年代別代表を経験したが、大迫は常に先を行く存在だった。

「塁のような選手がプロに行くのであって、自分がプロに進みたいなんて考えたこともありませんでした。特に中学2年の頃は怪我も多くて、『自分にはプロは無理だから、サッカーを楽しもう』と思っていました」

 だが、福田の心境はだんだんと変化していく。


「塁と肩を並べる存在になりたい」

「自分が点を取ったら、みんなが笑顔になるし、何より塁がすごく喜んでくれる。それが嬉しかったし、一番上手いはずの塁が努力を重ねている姿を見て、『俺はこんな軽い気持ちでサッカーをしていていいのか』と思うようになった」

 大迫が代表活動から帰ってくる度に、精神的にも技術的にも成長している姿を見せつけられた。そして仲間を大切にしながら、真剣にサッカーに打ち込む大迫を目の当たりにしたことで、いつしか「塁と肩を並べる存在になりたい」という思いが強くなっていった。

 さらに大迫を視察に訪れた関係者が多くいたことも福田のモチベーションを上げる要因となったことで、中3の頃には「プロを目指すことを決めました」と口にするようになった。

 一方、福田の急成長ぶりに“脅威”を感じていたのが大迫だった。

「どんどん成長しているのが分かったし、師王のおかげで勝つ試合が増えた。『大迫はすごいと周りから言われるけど、俺ってどこがすごいのか。師王の方がすごいんじゃないか』と思うようになりました」

 ストライカーとして成長を続ける相棒の存在は頼もしい。しかし、心の奥底には強烈な危機感を湧き上がっていた。それが一気に表面化をしたのが高校2年、2021年5月のことだった。

 福田がU-18日本代表候補に飛び級で選出されたのである。大迫はその翌月のU-17日本代表候補のキャンプに選出。つまり、ポジションの違いはあるものの、立場が逆転した。

「完全に師王に抜かされてしまった。認めたくはなかったけど、はっきりと目に見える形で出て、認めないといけないと思った」(大迫)

 危機感が最高潮に達した大迫は「何かを変えないとその差は広がってしまう」とすぐに行動した。

「自分には師王のようなゴールを決め切るという“怖さ”がない。ボールを散らしたり、繋ぐのではなく、どんどん前に行ってシュートを打っていかないと怖い選手になることができない」

 そう考えた大迫は、有村監督に「僕をトップ下にしてください。点が取りたいです」とボランチからのコンバートを直訴。福田の動きを参考にしながら、前に出るタイミング、ボールの受け方を学び、全体練習後にはシュート練習に打ち込んだ。


ゴール数を競い合うようになった2人

 そんな懸命な大迫の姿に今度は、福田が再び刺激を受ける。大迫のパスを合わせることはもちろんだが、ストライカーである以上、大迫にゴール数を上回られたら面目が立たない。

 プレーの幅を広げようとする大迫と、決定力に磨きをかける福田。ここから2人は“ゴール数”を競い合うようになった。

「塁を抜かしたなんて一度も思ったことがない。塁は上手いだけじゃなくて日々の努力がすごい。シュート練習も本当に手を抜かないし、いつも真剣にやっている。それを見て自分が手を抜くなんてことは絶対にできない。僕にとって塁はいつまでもピッチ内外全てにおいて目指すべき存在なんです」(福田)

 切磋琢磨した時間は、大迫がボランチに戻った高校3年のシーズンで相乗効果を生んだ。福田は、精度を増した大迫のミドルパスやクロスに対しての入り方や受け方を工夫するようになり、大迫は常に複数のマークに合う福田のために一瞬のスペースを逃さない絶好のタイミングで正確なパスを送り込むことを徹底した。

 磨かれた2人のコンビネーションは輝き、選手権では多くの観客を魅了するまでに成長した。その手応えを誰よりも2人がわかっていたからこそ、最後まで戦いたかった。

「塁は見ているところが人と違いますし、これはセンスだと思います。だから僕がマークを受けていたり、囲まれていても動けば必ずボールが来る。今日の負けはそれを決めきれない自分のせいです」

 準決勝後のミックスゾーン、福田は大迫からフィードやパスを受けながらも、1点しか決められなかったことを悔やんだ。一方の大迫は「1本ループパスで出したシーンは決めて欲しかったです」ときちんと注文を付ける“らしさ”を覗かせた一方で、「僕らは苦しい時もあったけど、2人で乗り越えてきた6年間だったと思います。感謝しかないです」と素直な気持ちを述べた。


「また一緒にやりたければ代表に入ればいい」

 高校最後の試合を終え、改めて2人にお互いの存在について聞いてみた。

 福田は言う。

「塁は神です。僕が評価されてきたのも彼のパスがあってこそなので、本当に感謝しています」

 大迫は言う。

「2人で飯食いに行った時とか、点を取った時とか、どんな試合でもどんな日でも思い出は心に残るものだった。僕ら2人はこれから日本サッカーを引っ張っていかないといけない存在だと思っているので、自信を持ってやっていきたいです。僕にとって師王はいつまでもエースストライカーです」

 6年間コンビを組んだ2人は、これから別々の道に進む。そもそも、違う道に進むことは望んでいたことだった。

「2人のコンビネーションでやれることは立証済みなので、1人で何ができるかを試したいんです。また一緒にやりたければ代表に入ればいいだけの話なので」(大迫)

 次は日本代表のユニフォームを着て会おう――そう誓い合った2人は、これからどんな成長曲線を見せてくれるのだろうか。日の丸を背負って海外の強豪国と対戦する時、またお互いの存在について聞いてみようと思う。2人の物語は、新しい章に突入した。

(出典:Number Web)   


(出典 news.biglobe.ne.jp)

大迫塁と福田師王の超高校級コンビ!卒業後は別々の道へ…というこの記事を読んで、漫画「オフサイド」の薬丸と佐藤というキャラクターを思い出した。「次は日本代表のユニフォームを着て」というところも一緒。それぞれの道で成長した2人が再び一緒に戦う姿を代表で観れることを期待したい。

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