あるがまま… サッカー・Newsまとめ

                           

ボルシアMG

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 (出典:ゲキサカ)

上月のバイシクルなど日本人3選手が次々に見せ場も…ボルシアMG-シャルケはスコアレスドロー


[2.4 ブンデスリーガ第19節 ボルシアMG 0-0 シャルケ]

 ブンデスリーガは4日、第19節を各地で行い、DF板倉滉所属のボルシアMGとDF吉田麻也、FW上月壮一郎が所属するシャルケが対戦した。日本人3選手がいずれも見せ場をつくる熱戦を演じたが、両チームともゴールを奪うことはできず、スコアレスドローに終わった。

 ボルシアMGの本拠地で行われた日本人対決。板倉は自身初の古巣対戦を迎え、右センターバックのポジションで先発した。一方のシャルケも吉田が右センターバックを務め、今季途中にトップチーム昇格を果たした上月も右ウイングで4試合連続の先発出場となった。

 試合は前半2分、ボルシアMGが最初のチャンス。右からのクロスに反応したDFラミ・ベンセバイニが強烈なボレーシュートを放ったが、吉田が見事なブロックで阻んだ。シャルケも同18分、右からのクロスに反応した上月がバイシクル気味のシュートを放ち、良い形で攻撃を完結。上月は同24分にも、左足カットインシュートを放ったが、うまくミートしなかった。

 前半27分には板倉に見せ場。高い位置でボールを受けると、スルスルと果敢に持ち上がり、ペナルティエリア際からGKラルフ・フェールマンを強襲するミドルシュートを放った。同33分には上月が積極的な姿勢を見せ、ドリブル突破でファウルを誘発。同43分には20分前同様のカットインシュートを放ち、今度は枠内にしっかりと蹴った。

 直後にはボルシアGMが決定機を次々作った。前半43分、FWマルクス・テュラムがスルーパスに抜け出すも、DFモリツ・イェンスが神がかり的なクリア。同44分、右からのCKは吉田がクリアしたが、跳ね返りを拾った板倉がダイレクトシュートが狙う。これはGKフェールマンのファインセーブに阻まれた。またセカンドボールからMFクリストフ・クラマーが狙ったが、これは吉田がギリギリのヘディングクリアでシュートの軌道をゴールマウスからそらした。

 日本人選手たちの輝きは後半に入っても変わらず、後半2分には上月が自陣に戻っての守備で見せる。MFクアディオ・コネに一度は振り切られたかのように思われたが、見事なアジリティでなんとか身体を投げ出し、ペナルティエリア内で起死回生のスライディングクリアを成功させた。

 ところが上月は後半20分、ボールを奪われたところで即時奪回を試み、スライディングタックルで警告。ブンデスリーガでは初めてのイエローカードとなり、直後にMFマリウス・ビュルターと交代した。
その後は両チームとも安定した守備を見せる中、シャルケが優勢を保ったが、そのままスコアは動かず。吉田、板倉の両選手はフル出場し、0-0の引き分けに終わった。
(出典:ゲキサカ)     

 
【ハイライト動画】 ボルシアMG vs シャルケ

(ok.ru)


330 名無しに人種はない@実況OK :2023/02/05(日) 03:57:05.70ID:zcgvI1MX
頑張るけど足下とスピードが足らんかなぁ もっとエリア内で見たいが

331 名無しに人種はない@実況OK :2023/02/05(日) 04:08:28.68ID:NPWffnJ0
なんか前評判と違うな
スピードスターって聞いてたが中の選手じゃないのか

332 名無しに人種はない@実況OK :2023/02/05(日) 04:33:16.60ID:rT/9wfhY
どこで聞いたか知らないがスピードスターじゃないよw

333 名無しに人種はない@実況OK :2023/02/05(日) 05:14:37.09ID:ZVYZXyUm
もう底が見えたかな
いつまでも積極性だけではやっていけん
伊藤達哉やマシューホッペと同じ匂いがする

334 名無しに人種はない@実況OK :2023/02/05(日) 05:24:12.85ID:RK50Oy1Y
クロスがちょっとというかだいぶ良くなってた
それだけ

335 名無しに人種はない@実況OK :2023/02/05(日) 05:26:14.33ID:RK50Oy1Y
そもそも右利きの選手で縦突破できるスピードがないのになぜ右サイドに置かれるのかな
左にめちゃいいクロッサーがいて右で仕留めたいとかならまだあるけどそうでもないし

336 名無しに人種はない@実況OK :2023/02/05(日) 05:29:54.83ID:NPWffnJ0
シャルケの選手はかけあがると皆上月ばかり見てた
トップ下でいいじゃねとおもた

337 名無しに人種はない@実況OK :2023/02/05(日) 08:32:26.27ID:MMxy0TeV
前半だけ見た。
細かいタッチでの突破もあったしオーバーヘッドも打って目立ってた。チームメートからも信頼されてパス結構来てた。
デカくてガタイ良くてダイナミックなプレーする日本にあんまいないタイプだから伸びてきたら面白い。
ただパスが雑かったり基本技術が今一歩に感じる。
荒削りなThe若手って感じで、すぐ日本代表入りは難しい感じだけどポテンシャルは感じる。


(出典 img.news.goo.ne.jp)

「お前ストライカーだろ!」18歳福田師王が燃えた“怒声”と“同い年のブンデスデビュー”…覚悟の高卒ドイツ直行「時代を変えたい」


 いよいよ高校ナンバーワンストライカーが海を渡る。

 先日閉幕した高校サッカー選手権での活躍が記憶に新しい、鹿児島・神村学園のFW福田師王だ。

 2023年1月から、ドイツ・ブンデスリーガの強豪クラブであるボルシアメンヘングラッドバッハ(以下、ボルシアMG)のセカンドチームに加入する。「4部リーグが主戦場」という見解が多いが、活躍次第ですぐにトップチームに昇格できるプロ契約だという。

 身長は178cmと決して大柄ではないが、質の高い動き出しと身体の強さ、そして空中でのボール処理能力に優れ、ピッチの最前線では抜群の推進力とシュートセンスを発揮する。その才能は多くのJ1クラブが高1時から獲得に乗り出すほど注目を集めてきた。

「バイエルンの練習会に行くか?」

「最初は海外なんて選択肢は存在しなかったんです」

 海外でのプレーを選択した経緯を訊くと、18歳の青年は素直にこう打ち明けてくれた。

 海を渡る意識が明確に芽生えたのは、高2でエースとして出場した昨年度の選手権を終えた後。ある日、神村学園サッカー部を率いる有村圭一郎監督に職員室に呼び出された。

「バイエルン・ミュンヘンの練習会に行くか?」

 突然の問いかけに福田は「え?」と戸惑った。

「冗談でしょ? 何かの間違いでしょ? と思っていたので、あまり先生の話が頭に入ってこなかったんです」

 それでも有村監督は困惑する福田をよそに話を続ける。淡々と超強豪クラブへの練習参加のオファーが届いたことを伝えたのだった。

 当時の福田は決して海外サッカーを熱心に観るタイプではなく、ヨーロッパサッカーの動向もハイライトで追う程度。ただ、最もプレーの参考にしていたレバンドフスキ(現バルセロナ)がエースとして君臨しているチームだ。海の向こうの遥か遠い存在が急に近づいてくるように感じた。「こんなチャンスは滅多にない」と、22年3月にドイツに旅立った。

 バイエルンでは、同世代の金の卵たちが技術を磨くU-18チームとU-19チームの両方に参加した。わずか1週間の参加だったが、福田はその時間を「地獄だった」と振り返る。

 実戦形式の練習では、得意の動き出しを何度も仕掛けるも一向にボールがこない。ボールを受けるためにポジションを落としてもパスが回ってくる気配すらない。言葉も通じない、知り合いも友達もいない環境で過ごすことは福田にとって苦しい時間だった。落ち込んでいる暇すらなく、あっという間に時間は過ぎ去っていく。結局、最後まで彼のもとに効果的なパスはこなかった。

 練習後、いつも込み上げてきたのは悔しさではなく、“怒り”だった。その矛先はパスを出さないライバルではなく、自分。

「自分がヘタクソだからパスがこない。何もできない自分に腹が立ちました」

 自分がヘタクソだから――そうやって自分にベクトルを向けられるのは福田の強みの1つだと言っていい。神村学園中等部時代から切磋琢磨してきたMF大迫塁(J1セレッソ大阪内定)のことは「神」と呼ぶほど信頼を置いてきたが、単にリスペクトするだけではなく「差を広げられたくない。自分が成長しないと一生塁には追いつけない」とシュート練習やゴールへのアプローチをひたすら磨いた6年間だった。だから、この“地獄”の経験もすぐに自分にベクトルを向けることができた。

「トレーニングのところからみんな勝負にめちゃくちゃこだわってやっていましたし、強引に仕掛けたり、強引にシュートまで持っていったり……。『結果を残して何が何でも上に行く』というリアルな気持ちが伝わってきました。それくらいやらないと置いていかれるなと」

 おそらく1週間もパスがこない経験なんてしたことがなかったに違いない。でも、「もっと成長して、バイエルンを倒したいと思いました」と、モチベーションを上げる燃料に変えてみせた。

リセットして臨んだボルシアMGの練習参加

 取り戻す機会はすぐに訪れる。そのままドイツに残り、今度はボルシアMGの練習に参加するチャンスを得た。

「もう一度自分の気持ちをリセットして、『絶対にやってやるんだ、見せつけてやる』という気持ちでしたね」

 U-19チームの一員として参加し、「『ヘイ!  ヘイ! 』と声を何度も出して、ジェスチャーも大きめにやった」と、初日から臆することなくボールを要求した。すると、限られたチャンスでゴールを決めた福田のもとにはどんどんパスが回ってきた。仲間たちと徐々にコミュニケーションが取れるようになり、ドイツらしい激しい球際でもより考えてプレーを選択できるようになった。

「後ろ向きでボールを持ったら、自分は身体が小さいのでファール気味にアタックされて潰されてしまう。体の向きやフリーの時にどうやってボールを受けるかをすごく考えました。自分次第で環境は変わる。まだまだ自分がヘタクソだということを嫌というほど思い知らされたからこそ、成長につながる場所だと思いました」

 “地獄”と“充実”の1週間をそれぞれ過ごした福田は、卒業後に海外でプレーすることを本格的に選択肢として捉えるようになっていく。

 ドイツでの練習参加が報じられてからは、「Jリーグを一度経験してから海外に行った方がいいのではないか」という声が福田の耳にも届き始めた。

 Jリーグか、海外か。

 悩んだ高校3年生は、ここでもう一度、ドイツに行くことを決断する。22年8月に評価が高かったボルシアMGに再び練習参加することになった。

「めちゃくちゃ削りにくるんです。こっちも熱くなって強く行くんですが、向こうもさらに強く来ましたし、めちゃくちゃ要求してくるんです」

 あいつは2度目だよなーーチームメイトからすれば、1度目と違って仲間になる選手だと認識された違いはあったかもしれない。でもそれはライバルになる可能性があることも意味していた。周囲の空気の変化を敏感に感じ取った福田は「もうお客様ではない」と感情を剥き出しにした激しいバトルに身を置いた。

「お前、ストライカーだろ!!」

 練習から張り詰めた緊張感の中で、忘れられないシーンがある。

 クロスに対して選手2人がニアサイドとファーサイドに飛び込んでシュートを決めるトレーニングをしている時のこと。福田はニアサイドに飛び込んだ。そこにライナー性のクロスが届くと、福田はスルーしてファーサイドの選手にシュート機会を託した。結果、飛び込んだ選手に合わなかった。「合わなかったか」と引き上げようとしたその瞬間、後ろから怒鳴り声が聞こえた。

「お前、ストライカーだろ! 何で触らないんだ!!」

 味方が福田に殴りかからんとするくらい怒りをぶつけてきた。甘さを痛感した瞬間だった。

「確かにコーチからも『ニアサイドに飛び込んだら絶対に触れ』と言われていたんです。その言葉を浴びせられて、燃えないわけがないじゃないですか」

 たった1つの出来事で福田の価値観はガラリと変わった。何が何でもゴールを決める。それがこの世界で生き残る術だ。ここでの経験は選手権で挙げた3つのゴールシーンにもつながっていた。相手を背負ってでもゴールに向かうドリブル、誰よりも速いこぼれ球への反応は、短期間で得た“収穫”が生んだゴールとも言える。

「たった5カ月で…」同じ18歳がデビュー

 さらに、海外移籍への気持ちが傾く出来事もあった。1回目の練習参加時にU-19チームで一緒にプレーをしていた同い年のイヴァンドロ・ボルジェス・サンチェス(ルクセンブルク代表)が、すでにトップチームのベンチ入りを果たし、ブンデスリーガのピッチに立っていたのだ。

「たった5カ月の間にチャンスを掴んでトップのベンチに座っている。その姿を見て、『これが世界か』と思ったんです」

 練習参加を終え、帰国してから正式にオファーをもらった。即答はできなかったが、コーチ陣から的確な課題を指摘されるなど、“自分を見てもらっている”手応えも感じることができた。

 帰国した福田はもう一度、冷静に自分が進むべき道に向き合った。ボルシアMGのレギュラーとして活躍する日本代表DF板倉滉からは、「早いうちに来たら見る世界が変わる。言葉も覚えるよ。俺も最初は全然話せなかったから、心配しなくていい」と背中を押された。昨年、尚志高からシュツットガルトに加入した1学年上のDFチェイス・アンリからも「やばいくらい楽しいし、やばいくらい強くなれるよ。お前も早く来いよ」と素直な意見をもらえた。

 答えを出すことは簡単ではなかったが、悩みに悩んだ末にボルシアMGをプロとしての最初のクラブに選んだ。

「やっぱりあの経験は忘れられないし、どうせ行くなら早いうちに行って世界基準に早くなれた方がいいと思いました。(いろいろな意見はあったが)それなら俺が一番海外で成功してやろうと思えましたし、時代を変えたいと思いました」

 高卒→海外の成功例が少ないなら、自分が新しいケースになればいい。ここなら絶対に成長できる。そう、自分を信じることができた。

「もうゴールを決めることしか考えていません。早い段階で結果を残してトップチームデビューすることが僕の目標。そこでまた結果を残せば日本代表にも入っていける。常日頃の練習や試合からゴールにこだわっていきたいです」

「W杯で絶対ピッチに立ちたい」

 これからは異国の地での生活が始まる。しかも、初めての1人暮らしだ。

「凄く楽しみです。サッカーだけでなく、言葉も料理も、どこまでできるのかなと。また赤ちゃんから始めるようなものですね(笑)」

 もちろん、楽しみなのは私生活だけではない。福田の目線の先にはブンデスリーガで躍動する自分と、ブルーのユニフォームを着てW杯の舞台に立つ自分もしっかりと描かれている。

「2026年W杯で絶対ピッチに立ちたい。カタールW杯ではFWがゴールを決めることでチームに勢いをもたらしていたと感じたので、そんな存在になりたいと思います。僕が成長してFWの仕事をみんなの前できっちりとしたい」

 通用すると思ったから進むのではなく、通用しないと思ったからこそ進む。壁にぶつかったり、格上を相手にした時の福田は強い。全てを自分への“怒り”に変えられる男――挑戦の物語はもう始まっている。


(「“ユース教授”のサッカージャーナル」安藤隆人 = 文)
(出典:Number Web)


(出典 www.nikkansports.com)

壁にぶつかっても、”自分自身への怒り”をエネルギーに変えて成長できる福田師王なら、高卒→海外挑戦の成功例を作るストライカーになれると期待!!

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(出典:ゲキサカ)

板倉滉がブンデス先発復帰でアシストも…ボルシアMGは3失点で新年黒星スタート


[1.22 ブンデスリーガ第16節 ボルシアMG 2-3 レバークーゼン]

 ブンデスリーガは22日、第16節を各地で行い、DF板倉滉所属のボルシアMGはレバークーゼンに2-3で敗れた。板倉は後半アディショナルタイム、高い位置でのパスから味方のミドルシュートをお膳立てし、昨年8月6日の開幕節ホッフェンハイム戦以来の今季2アシスト目を記録したが、W杯中断明けを白星で飾ることはできなかった。

 ウインターブレイクを長く取っていたブンデスリーガはW杯の中断明け初戦。板倉は昨年9月に左膝内側側副靭帯を部分断裂の重傷を負ったため、W杯前は最終戦のドルトムント戦で終盤のみの出場となっていた中、一発退場を強いられた昨年9月4日の第5節マインツ戦以来、約4か月半ぶりの先発出場を果たした。

 それでもこの日、ボルシアMGは立ち上がりから苦しい展開を強いられた。

 なかなかリズムを作れないまま迎えた前半20分、分厚い波状攻撃に守備陣が耐えきれず、MFミッチェル・バッカーに先制ゴールを許すと、同43分にはカウンターからDFニコ・エルベディがFWアミン・アドリの独走を許して追加点を献上。後半22分にも途中出場のMFナディエム・アミリにゴールを決められ、0-3のビハインドとなった。

 なんとか反撃に出たいボルシアMGは後半37分、MFアラサン・プレアとMFハネス・ボルフが巧みにつないだボールをFWラース・シュティンドルが決め、ようやく1点を返す。さらに同アディショナルタイム3分には板倉のパスからシュティンドルが豪快なミドルシュートを決めて1点差に詰め寄った。

 ところが反撃はここまで。中断明けの守備で苦しんだボルシアMGは黒星でのリスタートとなった。

(出典:ゲキサカ)  

【動画】ボルシアMG vs レヴァークーゼン 板倉滉タッチ集

(Youtube)

【ハイライト動画】ボルシアMG vs レヴァークーゼン

(Youtube)

0-3から猛追も敗戦、板倉じたいはいいプレーしてそうだね。アシストも付いたね。


(出典 www.nishinippon.co.jp)

高校サッカーから欧州挑戦の成功例を作れるか?近未来の日本代表FW・福田師王の可能性 【新しい景色へ導く期待の選手/vol.1】


森保一監督の続投が決まり、名波浩前田遼一両コーチの加入も正式決定するなど、3月に発足する新たな日本代表の陣容が固まりつつある。選手の方は2022年カタール・ワールドカップ(W杯)に参戦した三笘薫(ブライトン)、堂安律(フライブルク)、板倉滉(ボルシアMG)ら東京五輪世代が今後のベースになると見られる。が、世界を見渡せば、クロアチア代表DFヨシュコ・クヴァルディオル(RBライプツィヒ)やイングランド代表MFジュード・ベリンガム(ドルトムント)などもっと若い世代も活躍している。日本も2001年生まれ以降のパリ五輪世代の台頭が必要不可欠と言っていいだろう。

そこで注目されるのが、第101回高校サッカー選手権大会でベスト4に進出した神村学園のエースFW福田師王だろう。ご存じの通り、彼は高校卒業とともに板倉が在籍するボルシア・メンヘングラードバッハ入りすることが決まっている。

「自分がこの先、欧州でどう生き残っていくか、ステップアップしていくかっていうことにフォーカスして、選手権で優勝できなかった悔しさをバネに頑張りたい。高校から欧州へ行った成功例がまだあまり出ていないので、自分がその第一人者になれるようにしっかり活躍していきたいと思います」と本人は大会を制覇した岡山学芸館に敗れた際、こうコメントしていた。

確かに福田が言うように、高校から欧州というのは成功例が少ない。先駆者と言えるのが、中京大中京からグルノーブル入りした伊藤翔(横浜FC)と同校からアーセナル入りした宮市亮(横浜F・マリノス)。伊藤の方はフランス2部からのスタートだったが、思うように出場機会をつかめず、3年半でリーグ戦に出たのは5試合のみ。世界の壁にぶつかった格好だ。

宮市の方はアーセナルから最初にレンタルされたフェイエノールトで一世を風靡し、大いに注目されたが、その後の相次ぐケガでブレイクを果たせず、日本代表定着も叶っていない状況だ。

その後、約10年の時を経て、2022年1月にはチェイス・アンリが尚志からシュツットガルトへ移籍。現在はセカンドチームに当たるU-21チームでトレーニングを積んでいる模様だ。本人はジュビロ磐田から同U-21入りした伊藤洋輝のように一気にトップチームに這い上がるイメージを描いていたようだが、高卒新人がすんなり階段を駆け上がれるほど、欧州5大リーグは甘くない。そういった例があるからこそ、福田の行く末を不安視する人も少なくないのである。

「ボルシアMGに練習参加した時、重要だなと感じたのはコミュニケーション能力と結果。本当にゴールを決めればボールが来るようになるんだなと感じたので、そこにこだわっていかないといけないと思います。同じクラブの板倉さんやシャルケの吉田麻也さんも『海外へ行ったら人間性が鍛えられる』と言っていましたし、『本当にこっちに来てみないと分からないことが沢山あるから来い』と言ってくれた。その言葉がすごく大きかったし、背中を押されました」と本人はあえて苦難に挑んでいく覚悟だ。

福田自身が名前を挙げていたように、近くに海外経験豊富な先輩たちがいるのは大きなアドバンテージだ。加えて言うと、近隣の町・デュッセルドルフは欧州随一の日本人街で、日本サッカー協会の欧州拠点もある。年代別代表に招集されている福田はメンタルやフィジカル面のケアを受けることができるはずだ。そういった環境面は伊藤や宮市が欧州挑戦に踏み出した頃に比べると格段によくなっている。そのアドバンテージを生かしつつ、彼はいち早く言葉を覚え、異国の文化習慣に適応し、自分自身の力を発揮できるように努力することが肝要だ。

福田という選手は身長こそ178㎝とそこまで高くないが、前線の厳しいところでボールを収めることができ、裏に抜け出すスピードも併せ持っている。自らドリブルで持ち込んで豪快なシュートを決める能力もある。これだけスケール感のある点取屋はパリ五輪世代を見渡してもそうそういない。あとはプロの実績さえ積み重ねられれば、大ブレイクも十分あり得るのではないか。

「今まで6年間一緒にやってきた大迫(塁=セレッソ大阪)とはまた代表で会いたいですね」とも語っていたが、お互いの特徴を熟知する盟友とのホットラインが数年後、再び結成されるようなら理想的。大迫もまたセレッソ大阪というハイレベルな選手のひしめく環境で競争に勝ち抜かなければならないが、福田もJリーグを選んだ彼に負けたくないという思いは強いはず。どちらが急激な成長曲線を描けるのか。それもまた興味深い点である。

いずれにしても、福田のような例が今後はどんどん増えそうな雰囲気もある。だからこそ、彼には何としても成功してもらわなければいけない。日本屈指の若きFWがトップリーグの舞台に立つ日が今から楽しみだ。

【文・元川悦子】
(出典:超WORLDサッカー!)                


(出典 www.nikkansports.com)

選手権では3得点で得点王になったものの不完全燃焼の感があった福田師王。Jリーグを経由しない欧州挑戦だが、ぜひドイツで活躍して成功例を作ることに期待したい!活躍することで福田本人の日本代表入りが近づくだけでなく、未来の日本サッカーを担う子どもだちが少しでも若いうちに海外挑戦しやすい環境になり、日本サッカー発展につなげるためにも。


(出典 f.image.geki.jp)

板倉滉が振り返るW杯前の離脱期間…大会前ラストマッチ終盤に実戦復帰果たした際の “イタクラコール”に「すごく感動」


支えてくれた人々に感謝

日本代表DF板倉滉はカタール・ワールドカップ(W杯)前に強いられた離脱期間を振り返った。ドイツ『onefootball』が報じている。

昨シーズンはシャルケで過ごし、同クラブの1部復帰に大きく貢献した板倉。昨夏にはマンチェスター・シティからの完全移籍でボルシア・メンヒェングラットバッハ(ボルシアMG)へ渡ると、同じく夏から指揮を執るダニエル・ファルケ監督の下ですぐさまレギュラーの座を確保。しかし、新天地では好調なスタートを切ったものの、9月中旬のトレーニングで左膝の内側側副靭帯の部分断裂と重傷を負うことに。結局、W杯には間に合いカタールでは出場停止となったベスト16のクロアチア戦を除く日本代表の試合にはすべてフル出場している。

そんな板倉だが、負傷してからの日々について「自分にとってとても辛い時間でしたが、それは普通のことです」と言及。「アスリートとしては常にプレーしたいものです。でも身体がそうさせてくれないと、やはり気分はよくないですね」と振り返りつつ、クラブのアスレティックトレーナーを務めるヨナス・ラート氏の下でのリハビリに関して「もちろんできるだけ早くピッチに戻りたかったですけど、ヨナスにはいつも焦らずに時間をとるように言われて。彼との仕事や会話はとても助けになりました」と明かした。

また、同選手は「友人たちもよく家に来てくれて、一緒に食事して、たくさん話をしました」とも語り、周りからのサポートも支えとなったという。専属シェフの池田晃太氏の存在も大きいようだ。「晃太さんは毎日車でリハビリへ送迎してくれましたし、より早い靭帯の回復につながるタンパク質やコラーゲンが多い料理をつくってくれました。彼にはすごく感謝しています」とも強調している。

板倉はW杯前最後の公式戦となったボルシアMGが4-2で勝利したボルシア・ドルトムント戦の88分に途中出場して実戦に復帰。プレーしたのはわずか数分間ながら「W杯前に必ずもう一度プレーしたいと思っていました。自分自身にとって、メンタル面において非常に大事だったので、監督にもとても感謝しています」と話すと、ピッチに立ったその瞬間、サポーターたちからの“イタクラコール”についても言及。「苦しいリハビリの後、あのように迎えてもらいすごく感動しました。本当にとてもうれしかったです」とも明かしていた。

(出典:GOAL) 

負傷した時は出場が危ぶまれるも、リハビリ期間にチームの支えもあって叶ったW杯出場!板倉滉が出場できなければあの厳しいグループリーグを突破できなかっただろう。板倉がW杯を経験できたことは、今後の日本代表にとっても大きなプラス!感謝!

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