あるがまま… サッカー・Newsまとめ

                           

W杯


(出典 afpbb.ismcdn.jp

2点ビハインドのフランスを奮い立たせたムバッペのスピーチが話題に「これは一世一代の大勝負なんだ!」


歴史に残る激戦となったアルゼンチン代表とフランス代表によるカタール・ワールドカップ決勝。フランスが驚異的な追い上げを見せた裏に、エースのピッチ外での活躍があったようだ。

PK戦決着という劇的な幕切れとなった一戦。フランス有利と見られていた中で、アルゼンチンがリオネル・メッシのPKなどで前半を2点リードで折り返す予想外の展開に。

このままアルゼンチンが逃げ切るかに思われたが、後半からフランスは目の色を変えて反撃。80分にキリアン・ムバッペのPKでようやく1点を返すと、その1分後に再びムバッペがネットを揺らし同点。試合は延長戦へ突入した。

延長戦ではメッシとムバッペの両エースが得点を奪い合い、決着はPK戦に委ねらることに。フランスはムバッペのハットトリックで2度追いつく粘り強さを見せたが、最後に栄冠を手にしたのはアルゼンチンだった。

2連覇は叶わなかったフランスだが、2点ビハインドから追いつき、最後まで食らいついた執念には称賛が巻き起こり、この試合を奇跡の一戦たらしめるものとした。

そしてその裏には、ムバッペをはじめとするディディエ・デシャン監督らの熱い檄があったようだ。フランス『TF1』が、ハーフタイムでのムバッペの言葉を伝えている。

「これはワールドカップ決勝戦、一世一代の大勝負だ。とにかく、これ以上醜態を晒すわけにはいかない。さあ、ピッチに戻ろう。このまま奴らの好きにさせるのか僕たちが追い上げるのか、少し強度を上げてデュエルに臨むのか、僕らにはできることがまだある。そうだろう」

「これはワールドカップファイナルだ。相手は2点を奪い、僕らは2点差をつけられている。それは事実だ。だけど僕らは追いつける! なあ、これは4年に一度しかできない経験なんだよ」

メッシやクリスティアーノ・ロナウドに続く次世代のスーパースターと考えられていたムバッペだが、その姿はすでにエースの枠を超えた風格を漂わせる。そして、その男は先日に24歳の誕生日を迎えたばかり。まだまだ世界の舞台での活躍が見られそうだ。


(出典:超WORLDサッカー!)
           
まだ24歳なのに、日本でいう吉田麻也みたいな存在になってるのかな。
この言葉がなかったら、伝説の決勝戦にはなってなかったかも。

(出典 static.chunichi.co.jp)


(出典 plus.tver.jp)

元W杯主審・西村雄一が語った「三笘の1ミリ」の舞台裏 VARの進化でレフェリーは不要になるのか?


 クロアチアに敗れ、惜しくもベスト8入りを逃したものの、日本の健闘がたたえられたサッカーのワールドカップ(W杯)カタール大会。そのハイライトの一つは、強豪国スペインとの戦いで逆転ゴールを決めた田中碧(あお)選手と、それをライン際ぎりぎりでアシストした三笘薫選手のプレーだろう。もし、あのときビデオによる判定、いわゆるVAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)がなければ「三笘の1ミリ」は生まれなかったに違いない。テクノロジーの進歩はどうサッカーを変えたのか。過去2回のW杯でレフェリー(主審)を務め、JリーグでVARも担当する西村雄一さんに聞いた。
「人間の目の限界を超えた、あの『1ミリ』を判定できるレフェリーはいません。でも、過去の大会で、われわれにはそれが求められてきました。もし、あのときVARがなかったらどうなっていたか。レフェリーがどんな決定をしたとしても、必ず批判されたでしょう」

 と、西村さんは語る。

 西村さんといえば、日本のサッカー界にも審判として大きな功績を残している。2014年 W杯ブラジル大会では開幕戦で主審を務めるなど、審判として高い実績を残した。その経験からも、あの「1ミリ」の意味をこう語る。

「田中選手のゴール後、VAR判定で数分間お待たせしましたが、それを『長いよ』と言う人はいなかったと思います。要はテクノロジーの精度が選手やファンの納得度に直結し、あの『1ミリ』がサッカーを楽しむ語り草としてみなさんの心にずっと残り続けることになった。4年後、8年後、12年後のW杯でも『あのシーンでさ』と、語られる伝説になったと思います」


■「完全にボールが出た映像」があるか
 一方、西村さんは、こうも言う。

「私たちレフェリーはあのとき、ボールが何ミリ、ゴールラインに残っていたかについてはそんなに興味はないんです。そもそもフィールドのレフェリーにはVARから数値情報は伝えられませんし、ボール・ライン・アウトのケースでレフェリーがオン・フィールド・レビュー(OFR)で確認することもありません」

 あの場面で、VARが証明をしなければならなかったのは、「『ボールがラインに残った』ということではなく、『ボールが完全にラインから出ていた』という映像があるかどうかだった」と言う。

「おそらくVARは、証拠となる角度の映像をすべて確認したはずです。その結果、完全にボールが出たという映像は一つも見つからなかった。よって、ボールがラインを割らなかった、と結論づけた」

 それはフィールドのレフェリーが映像を見たところで変わらない客観的事実である。なので「その情報を伝えられたレフェリーは最終的な判定として、ゴールインを決定した、という流れになる」と説明した。

 VARが初めてW杯に導入されたのは18年ロシア大会。しかし、「VARで試合の流れを止めるなよ」という声もあった。そのため、今回のカタール大会では、オフサイドの判定をセミオートマチック(半自動)にした。

「これまでオフサイドの判定では、コマ送りにした映像を目視して、『ここ』と言って、もう一回映像を戻したり進めたりして、『じゃあ、ここにしよう』というふうに、『ボールが蹴られた瞬間』を決めていました。ただ、この作業は時間がかかるので、みなさんをお待たせしてしまいました。そこで今回はモーションセンサーを内蔵したボールを導入して、オフサイドの判定をセミオートマチック化しています」

 モーションセンサーというのは動作を感知する装置で、これを内蔵することによってボールの動きが変化した瞬間を極めて正確につかめる。

「今回のW杯カタール大会では、ボールを蹴った瞬間をビデオで効率よく静止することができました。ですので比較的、短時間でオフサイドなどの判定の確認ができたのだと思います」


■ボール内センサーで半自動判定
 ちなみに、Jリーグでは18年にVARの導入が決まり、20年の運用開始を目指して準備が進められた。19年のYBCルヴァンカップで試験運用後、本格的に使用する予定だった。だが、コロナ禍で20年の運用はすぐに中断。21年からフルシーズンでVARが使われるようになった。

 VARはレフェリーが判定を下す際、正しい事実を見たかどうかをチェックする。それによって明らかな判断ミスが防げる。

「4つの項目についてはVARがビデオを見直すことになっています。
(1)ボールがゴールに入ったとき、
(2)ペナルティーエリア内で何かが起こってPKの可能性があるとき、
(3)レッドカードに値する行為があったとき、
(4)警告や退場の際の人違い、
です。これらの状況が起こったとき、レフェリーの判断と、映像で見えるものが合致しているのかを確認します」

 通常、VARが使用する映像の種類は、中継用のカメラの台数に依存する。W杯カタール大会では中継用映像のほかに、特にオフサイドの判定用のカメラが多数導入され、ボール内のセンサーと組み合わせて半自動で確認できるようになった。

「ボールが蹴られた瞬間の、選手たちの肩や膝、つま先などの位置が正確に表示され、オフサイドラインから『出ている、出ていない』の、客観的な事実を映し出すことができます」


■判定に不満、だから面白い
 であれば気になるのは、VARがさらに進化すれば、いずれレフェリーは必要なくなるのではないか?

 すると、西村さんは「どれだけAIが進化しても、サッカーには人に判断を委ねざるを得ない部分がどうしても残る気がします」と言い、その一例として「ハンド」を挙げた。

「三笘選手のライン際のプレーやオフサイドについては、VARからの客観情報をレフェリーはそのまま採用します。しかし、ハンドの場合、ボールが手に当たったという事実はVARでもわかりますが、それを『ハンド』とするかどうかは、レフェリーの主観に委ねられます」

 この場合の主観とは、その人のものの見方や考えという意味ではまったくなく、「起こった事実を客観的、かつ多面的に分析した結果に導かれた主観」である。

「ボールが来ると思わなくてたまたま選手が広げていた腕も、シュートを打たれることがわかっていて広げた腕も、静止画では同じ『広げられた腕』に見えます。つまり、レフェリーは選手の手や腕にボールが当たったときにハンドの判断をしているわけではなく、手に当たる前のストーリーを全部見て判断しています。でないと、それが『未必の故意』であるのか、偶発的であるのかがわかりません。それはハンドに限らず、スライディング・タックルなどでも同様です。それを機械化することは多分、できないでしょう」

 しかし、そんなレフェリーの「主観的な判断」に不満を持つ人が必ず出てくる。それについて聞くと、意外な言葉が返ってきた。

「でも、そういう人が一定数いるからサッカーは面白いんです。レフェリーの判定に一喜一憂して、かつレフェリーの能力まで楽しむのが現在のサッカーです。それは競技規則にも書かれており、そんなスポーツは多分、サッカーだけでしょう。なので、誰がレフェリーを担当するかがニュースになったりしますね」


■レフェリーは陰の指揮者
 西村さんによると、私たちが目にするレフェリーの仕事はごく一部にすぎず、実際は多岐にわたるという。

「レフェリングって、簡単に言うとマネジメントなんです。試合というのは、日々練習を積み重ねてきた選手たちが即興でつくり出す、アートみたいなものです。そのときの状況における最適なプレーがどんどんつくり上げられていく。それをレフェリーは一つひとつ見極めていく」

 西村さんが語るレフェリーの姿は、オーケストラの指揮者に近い。指揮棒の微妙な動きが奏者と呼応し、演奏全体をつくり上げていく。

 実はサッカーの試合中、レフェリーは短い言葉のやり取りや細かな動作ですべての選手とつながっている。それによって「試合をまとめ上げていく」と言い、こう続ける。

「ぼくらの所作一つでいろいろな部分が変わってきます。ただ、ピッと笛を吹いているだけのレフェリーではなんの盛り上がりもない。レフェリーの所作で選手の感情も動くからこそ、試合を見ている人たちの気持ちもそこに乗っていく。要は、選手が自ら輝けるようにマネジメントできるかどうか。もしかしたら判定を間違えることがあるかもしれません。ですが、ゲームが終わって、選手のみなさんに『いやあ、楽しかった』、観客のみなさまに『また見たい』と感じていただけたら、そのレフェリーのマネジメントは『〇(まる)』だったのではないか、とぼくは思っています」

 どうやら、VARの進化でレフェリーが不要になるか、というのは愚問だったようだ。仮にAIやVARの性能向上によってアシスタントレフェリー(副審)を廃止したら、優れたレフェリーのマネジメントを目にして次世代が育つ土壌そのものが失われてしまうだろう。

■姿を消す名物レフェリー
 一方、西村さんは「VARがあることによって、今回のW杯で決定的な違いが生まれた」と感じている。            

「VARが入って何が変わったかというと、選手が正々堂々とプレーすることを選択したんですね。VARがなかったときは痛がったり倒れたりと、駆け引きがたくさんあった。でも、今回はつまらないいざこざがほとんどない。どんどんプレーが流れていく。さらに魅力あるプレーが増えていると思います」

 インタビューが終わり、別れ際、西村さんは14年W杯ブラジル大会での経験を語り、こう口にした。

「私は最後のアナログ世代のレフェリーです。VARが導入されたことで『名物レフェリー』は少なくなっていくでしょう。サッカーの楽しみ方やサッカー文化も変わっていくのかもしれません」

(AERA dot.編集部・米倉昭仁)
(出典:AERA dot.)
VARの進化によって将来的には審判が不要になるのでは、との声が聞かれるが…   人間が審判するからこそ作り上げられる、サッカーの楽しさ、面白みが、そこにはある!!

(出典 cyclestyle.net)

(@FIFAWorldCup) ※動画再生は再生ボタンではなく白地部分クリック

実は決勝後にあったメッシ&エムバペの名場面 暗闇にいた2人の「これを待ってたよ!」


激闘の後に健闘を称え合った両チームのエース

 サッカーのカタール・ワールドカップ(W杯)は18日(日本時間19日)に決勝が行われ、アルゼンチンフランスと延長戦を終えて3-3で決着がつかず、PK戦を4-2で制して36年ぶり3度目の優勝を掴んだ。アルゼンチンFWリオネル・メッシが2得点で大会MVPに輝き、フランスFWキリアン・エムバペは66年ぶりの決勝でのハットトリックを達成するなど、一歩も引かない勝負を展開。試合後、フランス1部パリ・サンジェルマンのチームメイトが人目につかない状況で抱擁している動画が公開され、反響を呼んでいる。

 多くの言葉はいらなかった。激闘を終え、表彰式の直前に歩み寄ったメッシとエムバペ。場内が暗転し、観客からは見えないような暗さの中で抱擁し、お互いに背中を軽く叩きながら短い言葉を交わした。極限の戦いを演じた世界のトップ選手2人の友情が見えたシーンだった。

 大会公式ツイッターは動画を公開。2人の名前の間にハートの絵文字を入れた文面を添えた。

海外ファンからは

「自分にとっては2人とも勝者だ」

「2人のレジェンド」

「王様と王子様ね」

「リスペクト!」

「今日ネット上で最高のものだ」

「これを待ってたよ!」

「一流だね」

といった感動の声が寄せられている。


(出典:THE ANSWER)
メッシとエムバペ、激闘終えて健闘を称え合う姿が素晴らしい!

(出典 times-abema.ismcdn.jp)


(出典 pbs.twimg.com)

試合中からずっと「泣いていた男」 批判、怪我、代表落ちからヒーローへ、メッシを支えた“副官”ディ・マリアの覚悟と涙


W杯を勝ち取ったアルゼンチンの面々は、皆泣いていた。

監督のスカローニは父と母に感謝の言葉を捧げるときに声を詰まらせた。

エミリアーノ・マルティネスはアルゼンチン国民に感謝の気持ちを伝えるときに、デ・パウルは自分が代表に捧げたものに、そして大会ベストヤングプレーヤーの称号を得たエンソフェルナンデスは、涙を拭いながら子どもの頃にメッシに手紙を送ったエピソードを語った。

だが彼ら以上に、試合中から、ずっと“泣いていた”男がいた。ディ・マリアだ。

彼の涙は他の選手たちと一味も二味も意味が違う。

ディ・マリアは34歳。メッシの1つ年下。長年、メッシと共にアルビ・セレステ(アルゼンチン代表の愛称=選ばれた白と水色の意味)のユニフォームに袖を通してきたが、勝てない日々を重ねてきた。
カタールW杯の前にもアルゼンチン国民はディ・マリアには冷たかった。

「スカローニ監督、アルゼンチンサポーターは、この13年間ディ・マリアのスタメンで何もいいことがありませんでした。お願いだからディ・マリアを2度と起用しないでください」

「3回もワールドカップに出場して、彼はいったい何をした?」

「ディ・マリアはもう終わったんだ」

このような批判の中に彼はいた。運悪く怪我で調子を落とし、長く代表の招集も見送られていた。メッシのように最後のW杯に出場できることすら、ディ・マリアには保証されていなかった。

この批判に彼はどう答えていたか?

「それでも私は代表のユニフォームを着たい」

「アルゼンチン国民4,500万人に批判されても代表のユニフォームを着たいんです」


さらに「代表に選ばれなかったらどうするのか?」という辛辣な質問に対しても

「苦痛でしかない。代表にいるために全力を出しても報われないときもあるから。それでも私は努力を継続して、代表のチームメイトが100%を出してW杯出場や、タイトルを獲得できることを願っています」と答えていた。

幸いにも招集されカタールに来てからも、ディ・マリアは苦しんでいた。

グループリーグでは3試合連続でスタメンを張るも、ゴールは「ゼロ」。盟友メッシや、アルバレスなどのメッシの子どもたちがゴールを挙げるにつれて、ディ・マリアの出番は減っていった。

今や左利きの定番である右サイドのアタッカーの位置で、ボールは持つもののディ・マリアらしいプレーは影を潜め、相手DFの前で立ち往生する場面さえも見受けられた。

ノックアウトステージからはスタメンは「ゼロ」。途中交代で入っても「違いと変化」を作ることができなかった。

そんなディ・マリアは決勝戦の直前まで自分のスタメンは知らなかったという。しかも、スタメンでは代表では試されることが少なかった左サイドアタック。何もかもがディ・マリアにとってはプレッシャーであり、そしてエネルギーの源になっていた。

メッシのPKを自身が呼び込み、そしてなんと今大会の初ゴールが決勝戦での勝利を呼び込む2点目となって、彼はもう試合中に「泣いていた」。

試合後、彼はこう語っている。

「決勝はこうでなくちゃ。勝つか死ぬかだから。今日、ベンチに下がってから800回は神様に祈ったよ。夢を叶える手助けをして欲しい、と。僕達は勝てないときが続いたけど、勝ちたくなかったわけではない。そして今日、カタールで全てが叶った。戦い続けて、壁にぶつかり続けて、今日、その壁が壊れたんだ」

私たちは、ディ・マリアのような人間になるべきだと思う。

ディ・マリアのような努力を続けるべきだと思う。

そうすれば、何かを成し遂げることができるから。

(ABEMA/FIFAワールドカップ カタール 2022)
(出典:ABEMA TIMES)     
「勝つか死ぬか…」が印象深い!
その覚悟で決勝戦に挑み、勝利を手繰り寄せる大活躍!
そして盟友・メッシと共に悲願のW杯制覇!!


(出典 www.sponichi.co.jp)

(出典 www.jiji.com)

■関連リンク


(出典 www.at-s.com)

いつの日か、日本も優勝することができるのだろうか…よみがえってきた“ドーハの悲劇”オフト監督の言葉【カタールW杯】


◇コラム「大塚浩雄のC級蹴球講座」

◇18日 サッカーW杯カタール大会 決勝 アルゼンチン3―3(PK4―2)フランス

 メッシ2ゴール、エムバペがハットトリック、そして120分の死闘、PK戦の末、アルゼンチンが36年ぶり3度目の優勝を果たし、2022年W杯カタール大会は幕を閉じた。残酷なほど美しいコントラストを描いた決着は、W杯史上最高の決勝となったのではないか。メッシは今大会7ゴールで、唯一手にすることのできなかったW杯の栄冠をつかみ取った。そして2年前に亡くなったマラドーナさんに続く英雄となり、W杯の歴史に名を残した。 

 いつの日か、日本もこんな勝利を手にすることができるのだろうか。今大会、日本はドイツ、スペインを打ち破り、世界に衝撃を与えた。悲願のベスト8進出はかなわなかったが、前回大会準優勝、今大会も3位となったクロアチアとPK戦にもつれ込む死闘を演じた。前回大会は3位のベルギーにアディショナルタイムのカウンターに沈んだ。一歩一歩、前進を続ける日本代表。その戦いぶりを振り返っているとき、「ドーハの悲劇」で日本代表の指揮を執ったオフトさんの言葉が脳裏によみがえってきた。

 今から29年前、今大会の決勝の地、ドーハで行われたW杯アジア最終予選、イラクにアディショナルタイムの失点で引き分け、W杯初出場の夢を絶たれた日本代表。選手、スタッフ、そして報道陣を乗せたチャーター便は日本へと向かっていた。

 オフト監督、清雲コーチ、そして私の3人は失意の中、機中で強い酒をあおり続けた。オフト監督は「あと5秒、早く試合が試合が終わっていたら…。あと5秒…」と、うわ言のように繰り返し、そのたびに「すべては終わったことか…」とつぶやいた。

 台湾上空を通過したころ、オフト監督の席にカズ(三浦知良)が訪れた。思い出話が尽きない2人。このとき、オフト監督は言い聞かせるように語りかけた。

「これまでやってきたことをゼロにしてはいけない。積み重ねだ。ビルドアップし続けることが重要なんだ」。

その後、一睡もできないまま、成田上空で見つめた燃えるような朝焼けは、いまでも忘れられない。

 4年後、日本はW杯初出場の切符を勝ち取り、2002年日韓大会で決勝トーナメント進出を果たした。7大会連続W杯出場で、今大会は初めて2大会連続の16強入りを果たした。

 Jリーグ誕生、そしてドーハの悲劇から、日本サッカー界は劇的に変わっていった。かつてはW杯出場すら夢の夢と言われていた。それがW杯の常連となり4度、決勝トーナメント進出を果たした。次こそベスト8の壁を破り、そしていつの日か優勝を。W杯を手にしたのは22大会、92年の歴史の中で8カ国しかない。歴史の積み重ね。日本サッカー界の挑戦はこれからも続く。2026年大会が待ち遠しい。


 ◆大塚浩雄 東京中日スポーツ編集委員。ドーハの悲劇、94年W杯米国大会、98年W杯フランス大会を現地取材。その後はデスクワークをこなしながら日本代表を追い続け、ついには原稿のネタ作りのため?指導者C級ライセンス取得。40数年前、高校サッカー選手権ベスト16(1回戦突破)。 
             

(出典:中日スポーツ)
W杯出場が夢だった時代、日本代表がドイツやスペインにW杯で勝つなんて信じられない偉業!今回もベスト8の壁は越えられなかったけど、日本代表の”進化”は世界に示せた。
少しずつ…、少しずつでも世界の頂点に近づき、いつの日かW杯で優勝する日本代表が見たい!!


(出典 news.1242.com)


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