(出典 cdn-ak.f.st-hatena.com)

「一番の鍵は日本戦であった」――クロアチア代表指揮官が明かした森保ジャパン攻略の苦悩。8強を懸けた激闘の舞台裏【現地発】


日本に負けたとあっては大騒ぎになる

 アルゼンチンが36年ぶりの戴冠を果たして幕切れとなったカタール・ワールドカップ(W杯)終了後、世界でも指折りの権威を誇るイタリアのスポーツ紙『La Gazzetta dello Sport』は、大会期間中の各国のパフォーマンスに独自の採点を付けた。

 もちろん1位はアルゼンチン(9点)。2位にフランス(8.5点)、3位にクロアチアモロッコ(8点)、そして5位は日本(7点)だった。こうした他者からの高評価に加え、グループステージでドイツとスペインを破った事実は、今の日本がどれだけ高いレベルにあるかを物語っていると言えよう。

 そんな日本との試合はクロアチアにとって大きな試練となった。カタールで戦った7試合で、“ヴァドレニ(クロアチア代表の愛称。炎の意)”が最も困難に陥ったのがこの試合だったと感じている。

 クロアチアは、アルゼンチンとフランスが決勝を行っている、まさにその時間にドーハから首都ザグレブに戻ってきた。街の中心にある広場には代表戦士たちを迎える大勢の人々でごった返していた。

 2大会連続のベスト4入りと、3位入賞の喜びに国民が歓喜するなかで、チームを率いたズラトコ・ダリッチ監督は、こう発言した。

「優勝候補の最右翼だったブラジルを破った試合、モロッコと戦って3位を勝ち取った試合は、いずれも我々にとって最も重要な戦いであったかもしれない。しかし、今大会の一番の鍵は日本戦であったと私は思う」

 日本がグループステージ初戦でドイツを破ったのはセンセーションな出来事として受け止められたが、スペインにも勝利したとなると、これはもうまぐれではない。この時にダリッチはじめとする代表の関係者たちは、誰もがラウンド・オブ16を突破する難しさを覚悟した。なにしろ、かろうじて2位でグループリーグを突破したクロアチア(カナダに1勝、モロッコとベルギーに2引き分け)よりも、首位通過を果たした日本が成績では上回っていたからだ。

 ただ、クロアチア国民はそう思ってはいなかった。日本が優れたチームだとはわかっていたが、それでも対戦相手として決定した際には「ジャックポット(大当たり)だ!」と喜ぶ声が聞かれた。もしも、相手がドイツやスペインであったなら、たとえ準々決勝に勝ち進まなくてもクロアチアに人は敗北に納得したかもしれない。だが、日本に負けたとあっては大騒ぎになる。国内メディアにも、どこか楽観的な空気が流れていた。

 だからこそ、ダリッチは頭を抱えた。

「日本が首位通過をした瞬間に、クロアチアは難しい状況に陥った」

機能しなかったクロアチア。一方日本は縛られず、自由に動きながら――

 クロアチアにとって日本戦は終わりのない拷問のような試合だった。誰もが何度も敗退を覚悟したに違いない。最大の武器であるルカ・モドリッチ、マルセロ・ブロゾビッチ、マテオ・コバチッチの中盤のラインは機能せず、最後までスポットライトは当たらなかった。

 もちろん、原因はこの日のモドリッチが最低なパフォーマンスであったのもある。だが、最大の要因は日本の中盤が巧みな連携を見せたからに他ならない。彼らは絶好のタイミングでデュエルをし、ピッチの3分の2ぐらいの位置でプレッシングをかけ、クロアチアが得意とする速い展開を断ち切ったのである。

 よくゴール前に人員を割き、ガチガチに守る戦術を「バスを停める」と言うが、日本はバスを停めただけではなく(もちろん、それが本来彼らの得意とするプレースタイルでもないからなのだが)、積極的に両サイドからのカウンターを仕掛け続けた。

 43分に生まれた前田大然の先制ゴールは、初めこそ偶然の産物だと思っていたが、改めて見直すと、クロアチア守備陣に混乱を招き、守護神のドミニク・リバコビッチを誘い出しているのが分かる。ゴール前では最強の彼だが、自分の守備範囲外となると弱い。そんなGKのウイークポイントを巧みに突いた1点だった。これらはクロアチアをよく研究していなければできなかったプレーであると思う。
 日本が優れている点は「決断力」「プレーの正確さ」「勝利への執念」「高いインテンシティ」「疲れを知らないこと」などさまざまにある。そのなかで何よりも特筆すべきは「臨機応変」であると筆者は考える。

 例えば、森保は、試合開始直後に3-4-2-1気味だった陣形を、相手の出方を見て4-5-1に変化させた。これは優れた判断だ。おかげでクロアチアのクリエイティブなプレーは通用せず、縦パスも通せなくなってしまった。

 一方で日本の選手たちはあまりポジションに縛られず自由に動きながらも、組織だったチームプレーは壊さなかった。そこに相当の練習を重ねてきた証拠を見た。また、左サイドバックのボルナ・バリシッチが守備面であまり機能していないと見るや、そこを重点的に攻める順応さも光った。

 ご存知の通り、最終的にクロアチアはPK戦の末に日本を破った。だが、この試合後に多くの母国メディアがつけた代表戦士たちへの採点は、あの試合でどれだけ苦しめられたかを物語っている。PK戦で3本のシュートストップを披露して殊勲者となった守護神リバコビッチ(10点)と、同点弾を決めたイバン・ペリシッチ(8点)には高得点が付いたが、あと面々は、ベスト8入りを決めた一戦であるにもかかわらず、ギリギリ及第点というありさまだった。

「日本代表と森保監督には特別なフェアプレー賞が贈られてしかるべきだ」

 W杯終了から1か月以上が経った今、ダリッチは日本戦をこう振り返っている。

「(日本戦の)勝利は重要だった。チームのムードを一気に盛り上げた。これほど難しい試合を征服することができたのだ、もう後は上りつめるしかないと感じた」

 クロアチアには『上にはもう空しかない』という表現があるが、まさにそれだった。

 だからこそ、準々決勝のブラジル戦は余裕をもって迎えられ、それが3位入賞へとつながったのだ。

 日本の素晴らしい点はピッチの中だけではなかった。クロアチア戦後、森保監督はクロアチア代表の面々に一礼をし、相手の勝利を祝福した。この振る舞いにはクロアチア国民が感嘆の声を上げた。もちろん、ダリッチも称賛している。

「日本代表と森保監督には特別なフェアプレー賞が贈られてしかるべきだ。フェアプレーでいったら日本はどこのチームにも負けない高いレベルにあるだろう」

 カタールでプレーした日本代表の何人かは2026年のW杯ではプレーしないかもしれない。だが、若い選手たちは今後も代表で共に戦い、より連携を深めていく。間違いないのは、日本はもっと、もっといいチームになるということだ。

 主力選手の多くが、ヨーロッパのクラブでプレーしているのも、代表が成熟していくうえで大きな手助けとなるに違いない。1998年のフランスW杯でクロアチアが初めて日本と対峙した時、すべての選手は国内でプレーしていた(その後に中田はペルージャに行ったが)。2006年に二度目の対戦をした際には、海外でプレーする選手は6人になり、今回はなんと19人だ。それも、選手たちの中には、欧州で「強豪」と呼ばれるチームでプレーする者もいる。世界に例を見ないほどで勢い成長を続ける日本サッカーの今を如実に語っているだろう。

 ただ、一つ注意したいのは、これからは誰も日本を軽視しないという点だ。彼らを見くびれば、痛い目を見るというのは、今回のW杯で世界に知れ渡ってしまった。どのチームも、文字通り全力で対峙してくるはずだ。つまりサムライは今まで以上に力をつけていく必要があると言える。


取材・文●ズドラフコ・レイチ Text by Zdravko Reic
【著者プロフィール】 1941年12月10日 スピリット生まれ 1959年よりスロボンダ・ダルマチア紙のスポーツジャーナリストとして活躍。同時にスポルツケ・ノヴォスティのコラムも執筆。フランス・フットボール、ワールドサッカー(イギリス)のクロアチア支局員も長きにわたり務める。2005年からはクロアチア国営TVのサッカー番組のメインパーソナリティーを務め、豊富な経験から出演した選手や監督から真実を引き出すことに定評がある。

(出典:THE DIGEST)   


(出典 www3.nhk.or.jp)


(出典 www.nikkansports.com)

カタールW杯後、欧州リーグで躍動するW杯戦士たち。2026年のW杯では、日本代表が成長した選手たちを中心に、油断しない強豪国”に勝利し、まだ見ぬ景色を見せてくれることに期待したい。